大判例

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東京高等裁判所 昭和50年(う)1803号 判決

国籍

韓国

住居

東京都立川市高松町三丁目二七番二七号

会社役員

山崎清こと 崔文鶴

一九二七年二月一六日生

本店所在地

同都港区赤坂二丁目一三番一九号

株式会社 永信物産

右代表者代表取締役

山崎清

右崔文鶴に対する所得税法違反、法人税法違反、株式会社永信物産に対する法人税法違反各被告事件について、昭和五〇年七月一四日東京地方裁判所が言い渡した有罪判決に対し、被告人から適法な控訴の申立があったので、当裁判所は、検察官粟田昭雄出席のうえ審理をし、つぎのとおり判決する。

主文

本件各控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人谷口欣一、同真木吉夫、同福田照幸共同作成名義の控訴趣意書記載のとおりであるから、これを引用し、これに対して、当裁判所は、記録を調査し、当審における事実取調の結果に基づき、つぎのとおり判断する。

一、控訴趣意(以下趣意という)第一点の一について。

原裁判所が本件について職権で弁護人を付していないことは所論のとおりである。しかしながら、本件は刑訴法二八九条にいう必要的弁護事件でないばかりか、被告人らは原裁判所の弁護人選任に関する通知に対し私選弁護人を選任しない、国選弁護人の選任を請求するつもりもない旨回答し、国選弁護人の選任を請求する意思のないことを明らかにしている。

このことと本件事案の内容、原審における審理の経過などに照らすと、原裁判所が職権で弁護人を付さなかったことが裁量の範囲を著しく逸脱し違法であるとは認められない。原審の訴訟手続に所論のような法令違反はなく、論旨は理由がない。

二、趣意第一点の二の(イ)ないし(ニ)、三の(ホ)ないし(ト)、四の(チ)について。

所論は事実の誤認を控訴理由とするものであり、本件控訴趣意書には第一審の弁論終結前に取調を請求することができなかった証拠によって証明することのできる事実であって、訴訟記録および原裁判所において取り調べた証拠に現われている事実以外の事実を援用しているけれども、同事実およびやむを得ない事由によって右取調を請求することができなかった旨を疎明する資料を添付していない。そればかりでなく、原判示挙示の関係証拠によれば原判示事実を肯認することができる。すなわち、

1  趣意第一点の二の(イ)については、原判決挙示の証拠、ことに被告人の原審第一回公判調書中の供述記載、昭和四九年四月一六日付大蔵事務官の被告人に対する質問てん末書(以下何某のてん末書という)、大蔵事務官宇都宮覚作成の昭和四九年一一月二〇日付貸金調査元帳調査書(以下調査書という)を総合すると、被告人崔文鶴(以下被告人崔文鶴を被告人といい、被告人株式会社永信物産を被告会社という)は同人の井口松一に対する昭和四六年一一月五日付貸付金四五〇〇万円に対する五パーセントの手数料二二五万円と同日から同年一二月一日までの二七日間分の日歩二〇銭の割合による利息二四三万円の合計四六八万円を受取ったことを認めることができる。

2  趣意第一点の二の(ロ)については、原判決挙示の証拠、ことに被告人の前記供述記載、被告人の昭和五〇年二月一八日付検察官に対する供述調書(以下何某の検面調書という)、前記調査書を総合すると、被告人の昭和四六年一月一六日当時の富士観光株式会社に対する残債権は一七〇〇万円であり、したがって担保物の処分益が一三五二万四四〇〇円となったことを認めることができる。記録を検討しても被告人が同会社に松原徹也名義で一五〇〇万円を貸付けていたことは認められない。

3  趣意第一点の二(ハ)、三の(ホ)については、原判決挙示の証拠、ことに前記被告人の供述記載、被告人の昭和四九年四月一六日付、同年八月二六日付てん末書(大蔵事務官宇都宮覚作成のもの)、被告人の昭和五〇年二月一八日付検面調書、前記調査書を総合すると、所論の富士造機株式会社からの小切手四通額面合計二四四万三五〇〇円はいずれも被告人の同社に対する貸付金元本二七〇〇万円の利息であると認めることができる。しかしながら、記録を検討しても、所論のように川崎総業株式会社からの代位弁済による処分益が一〇〇〇万円で、七五五万六五〇〇円の利益があったことはこれを認めることはできない。前記調査書によって認められる被告人が昭和四六年一二月二三日興産信用金庫立石支店の富士造機株式会社に対する貸付金の担保を解除するため四二五〇万円を代位弁済して同金庫と富士造機株式会社との間の債権債務関係を清算した事実と被告人が昭和四七年一月一七日川崎総業株式会社に対し右代位弁済した分の金員の返済を求めたところ同社から四八〇〇万円の交付を受けた事実に徴すると、川崎総業株式会社からの代位弁済金四八〇〇万円から被告人の右代位弁済金四二五〇万円を差引いた五五〇万円は処分益であることは明らかである。

4  趣意第一点の三の(ヘ)については、原判決挙示の証拠、ことに前記被告人の供述記載、被告人の昭和五〇年二月一八日付検面調書、前記調査書を総合すると、被告人は伊藤愛二に対する貸金のうち昭和四六年六月一七日一一五〇万円を回収したこと、同月二三日の同人の倒産時の被告人の同人に対する貸付金残額は六八〇〇万円であったことを認めることができる。

5  趣意第一点の三の(ト)については、原判決挙示の証拠、ことに前記被告人の供述記載、前記調査書、大蔵事務官宇都宮覚作成の昭和四九年一一月二〇日付給料賃金調査書を総合すると、被告人は昭和四七年中に西村滋勝から利息として合計一七七万円を受け取ったことを認めることができる。

6  趣意第一点の四の(チ)については、前記5掲記の証拠を総合すると、被告会社は昭和四八年中に西村滋勝から利息として合計三八二万九一〇五円を受け取ったことを認めることができる。

原判決にはいずれも所論のような事実の誤認はなく、論旨は理由がない。

三、趣意第二点について。

本件各犯行の態様、ことに各犯行の逋脱金額が多いこと、法人税の申告に当り実際所得金額が一億二六八三万円九七六二円もあったのにもかかわらず所得金額が一〇四四万一五八円の欠損である旨の虚偽の確定申告書を提出していることなどに徴すると、被告人が現在深く反省し本税等の納付につとめていることなど被告人に利益となるべきすべての事情を斟酌しても、原判決の量刑が重過ぎるとは認められない。論旨は理由がない。

よって、刑訴法三九六条により本件各控訴を棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 東徹 裁判官 石崎四郎 裁判官 長久保武)

昭和五〇年(う)第一八〇三号

控訴趣意書

被告人 山崎清こと 崔文鶴

被告人 株式会社 永信物産

右の者に対する所得税法違反、法人税法違反被告事件について弁護人は、控訴の趣意を次のとおり明らかにする。

昭和五〇年一一月八日

弁護人 谷口欣一

同 真木吉夫

同 福田照幸

東京高等裁判所 第一刑事部 御中

第一点 原判決は、判決理由中の事実に誤認があって判決の主文に影響を及ぼすことが極めて明白である。

又判決に影響を及ぼすべき訴訟手続の違背があったものである。

一、被告人は、今回の東京国税局の査察を受け、その後の取調のため精神的肉体的ショックのため仕事も手につかず従来の貸付先に逃げられたり、返済に口実をつけられたりした外持病の肝臓、血圧、神経痛のため一刻も早く今回の刑事裁判を終了しようと考え第一審について弁護人も選任せずひたすら平服して裁判を受けたもので、その心情は原審第一回公判調書に添付してある被告人の供述としての上申書引用のとおりである。

しかしながら原審は、本件捜査が長期間に亘り、且つ数額的にも相当高額に及びしかも関係者多数の事案であるが故に強制弁護事件でこそないが当然裁量として弁護人の選任を促し若し之に応じないときは国選弁護人を選任すべきであったものと考えるべきである(刑事訴訟法三七条第五号、第二九〇条)

この点、原審は漫然被告人の権利を防禦するための方法を講ぜず弁護人なしに第一回公判で弁論を終結ししかも懲役一年と罰金一、五〇〇万円、罰金一、二〇〇万円の判決宣告をなしたものであってこの点実質上の審理はなかったに等しい結果となっている。

特に本件は強制弁護事件と正に紙一重の差の法定刑であって且つ事案の内容も相当重大且つ多岐に亘るものであることが当初から想像し得たものである。

従って、弁護人を付さないでなした原審の手続は判決に影響を及ぼす訴訟手続の違背があるといえる。

二、原判決中被告人崔文鶴の昭和四六年分所得税の実際所得金額(判示第一の一)は次の各点に於て誤りがある。

(イ) 貸付先井口松一に対し昭和四六年一一月五日金四、五〇〇万円を貸付した際受入利息として四六八万円と計上されているが、この内貸金元本四五〇〇万円の五%に当る二二五万円は金融仲介した渡辺誠一に対し井口松一が仲介手数料として支払ったものである。但し便宜上被告人が貸金から右二二五万円を天引して被告人が井口松一に代って支払たため被告人が手数料名目で実質的には利息を受入れた如く誤解された点があるかも知れないが若しそうだとすれば被告人は経費として貸付金の受入利息から二二五万円を差引かれるべきである。

(ロ) 貸付先富士観光(株)に対し従前の貸金一、七〇〇万円の回収のため同社所有物件を処分してこの処分益が昭和四六年分所得として金一三、五二四、四〇〇円発生したことになっているが担保物件の処分価額四八、一七四、四〇〇円から被告人の回収した額は一、七〇〇万円とのみ表示されているが実際は被告人の貸付金は右一、七〇〇万円の外に被告人が松原徹也名義で金一、五〇〇万円を貸付けていたものであるので、逆に被告人は合計金三、二〇〇万の貸金回収のため担保物件処分しその結果金一、四七五、六〇〇円の損失を生じたものである。

従って、差引勘定として原判決の内一、五〇〇万円は被告人の所得は少ないことになる。

(ハ) 貸付先富士造機(株)に対し昭和四六年九月一〇日金二七一、五〇〇円、同月一八日金一、〇八六、〇〇〇円同月二三日金八一四、五〇〇円、同月二三日金二七一、五〇〇円を何れも利息として収入勘定となっているが、上計合計二、四四三、五〇〇円は、被告人が貸付した元本である。富士造機から頼まれて同社振出の小切手を現金として換金化したものである。

この点、原審の証拠関係では貸金二、七〇〇万円の利息として認定している様であるが誤りである。

従って、この点も昭和四六年分所得より金二、四四三、五〇〇円は差引かれるべき筋合と思われる。

(ニ) 貸付先富士造機(株)に対し前記(ハ)で述べた通り昭和四六年一一月二日右会社倒産時の被告人の貸金元本残は四、〇〇〇万円でなく金四二、四四三、五〇〇円である。

従って昭和四六年一二月二三日右貸付金について被告人は川崎総業から代位弁済によって取得した金四、一〇〇万円の時点で被告人は一、〇〇〇万円の利得が生じたものでなく実質的には金七、五五六、五〇〇円の所得があったことになる。

三、原判決中、被告人崔文鶴の昭和四七年分所得税の実質所得金額(判示第一の二)は次の各点に誤りがある。

(ホ) 貸付先富士造機(株)に対し昭和四六年一一月二日同社不渡となった後被告人は、同社が興産信用金庫立石支店から借入れしている金五〇〇万円を立替支払った。

従って昭和四七年一月一七日被告人が川崎総業から代位弁済金として受領した四、八〇〇万円に関し処分益として金五五〇万円の利得があった様になっているが実質上は右を考慮すれば金五〇〇万円減額した金五〇万円でしかない。

(ヘ) 貸付先伊藤愛二に対し昭和四六年六月一七日貸金中一、一五〇万円を回収した認定されているが被告人は右同日伊藤愛二が他の金融業者であるパブリック商事こと三木純夫より借入していた金一、一五〇万円被告人が立替払をしたものである。

従って倒産時の貸金元本残は六、八〇〇万円でなく七、九五〇万円であるから昭和四七年六月七日担保物を処分して被告人が回収した後の処分益は三九、七一一、四五四円でなく二八、二一一、四五四円となる。

(ト) 貸付先西村滋勝に対し被告人は昭和四七年中に利息一七七万円を受入れたと認定されているが受入利息月六%の内一%は崔文浩に対し手数料として支払っていたものであり、即ち右のうち金二九五、〇〇〇円は経費として控除さるべきものである。

四、原判決中、被告人株式会社永信物産の昭和四八年二月一三日以降同年末迄の法人税の対象となる事業所得の金額について(判示第二の事実)次の各点について誤りがある。

(チ) 貸付先西村滋勝に対し被告会社は右期間中の利息として金八、二三九、二四一円を受入れたと認定されているが、右受入利息中日歩二〇銭とある部分の合計三、八二九、一〇五円については前記(ト)と同様その六分の一に当る六三八、一八四円を崔文浩に対し手数料として支払っていたものであり、従って右金六三八、一八四円は経費として控除さるべきである。

第二点 原判決の量刑は不当に重い。

一、控訴趣意第一点二、三で陳述する以外に被告人は貸付先の熱海高原観光株式会社が不渡を生じた後この営業を事実上運営していたが、この間に要した経費は証憑数が完備していないので今回それを認められなかった部分が相当である。

又、ロバートMベー(秀坤)に対し昭和四七年に金一六〇〇万円を貸付した件については昭和四八年一〇月不渡となって結局被告人はそれ相当額の損失を受けているものである。

二、本件犯行の動機が、被告人の米国在住の子弟の教育費を捻出するためであり、又他の者から被告人が借入をして貸付をするに当り焦付を生じた際被告人が負担を強いられる等の事情からその捻出のため脱税をしたものであって動機において同情すべき点がない訳ではない。

今回の事件で充分反省し一日も早く未納税金並ぴにその延滞金を併せ支払うべく貸金の回収を図ると共に資産の一部を売却処分する等鋭意努力を重ねている。この様に重加算税負担の上に更に本件の罰金刑を科せられるにおいては格別の御配慮を煩わしたい次第です。

如上控訴の趣意を明らかにする。

以上

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